祇園車登場

天和3年(1683)、豊後町有志から「闇無浜神社の祇園社は京都の祇園社から勧請された由緒正しい祇園社であるので、京都の祇園にならって美麗な山車を出してはどうか」との発意がありました。

5代将軍徳川綱吉の時代で華美を好む元禄文化の真っ盛り、正月に第3代藩主になったばかりの小笠原長胤(ながたね)(16歳)も華美を好み、さっそく美しい山車を京都に発注し、届けさせました。

それが「祇園車」です。長胤はこの祇園車を、惣町の代表である豊後町に与えました。
その際、祇園車の前方に御神殿も同時に与えられ、これが豊後町の御神殿奉斎車(みこしぐるま)の由縁となっています。