おんせん県おおいたの祇園祭! 大分県指定無形民俗文化財「中津祇園」の公式サイト

下祇園先車(一番車) 下正路町舟車

下正路町舟車

天保3年(1832)の建造で、下小路浦在住の舟問屋播磨屋代吉と紙屋仁左ェ門より寄進されました。

中津祇園唯一の舟車で、御座船を祇園車に載せています。
その舟の名前は「天鳥丸」といい、神話の「天鳥舟神<あまのとりぶねのかみ>」という天をも翔る舟神に由来します。

御神幸の際には、中津藩主の参勤交代の際に唄われていたという「御舟歌」が唄い子によって唄われます。

かつては、下祇園のしんがり十番車でしたが、現在では、下祇園の一番車(先車<はなぐるま>)の大役を毎年務めています。

この車は可倒式で、建造時の記録として、「世話人 下正路 万屋平兵衛、大阪屋五郎兵衛、三木屋源助、日田屋七兵衛、紙屋四右ェ門  船場 田屋善助、塩屋利助  新浦 中屋浅右ェ門」となっています。 その他の記録として、「当番世話人 大黒屋五郎兵衛、日田屋五蔵 棟梁 佐甲冶助、豊浦弥八」の記載があります。

下正路町の車の扁額には「天鳥丸」と鳥形文字で書かれていて、奥平家寄進の言い伝えがあります。「嘉永七年六月朔日 下正路庄屋」の裏書が確認されています。

また、欄間の龍の裏書には、「一天太平、四海平定、豊前国下毛郡大江郷玉握荘下小路浦車再興 大将軍神武高運 享和三年六月 椋野谷西屋舗 一ッ家 塗師 恵蔵」とあり、「豊前国下毛郡大江郷玉握荘下小路浦」は、室町時代までの下正路の地名、「椋野谷西屋舗」は京都の地名と考えられています。

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