おんせん県おおいたの祇園祭! 大分県指定無形民俗文化財「中津祇園」の公式サイト

二つの「祇園祭」

中津祇園では、闇無浜神社(くらなしはまじんじゃ)摂社の八坂神社を中心として行われる「下祇園(しもぎおん)」と、中津神社を中心として行われる「上祇園(かみぎおん)」の二つの異なる祇園祭が同日開催されており、合わせて「中津祇園」と称されています。
かつては先に上祇園が開催され、1週間後に下祇園が開催されていましたが、昭和46年から同日開催となりました。

闇無浜神社
下祇園の闇無浜神社は、龍王町闇無浜に鎮座し、祭神は豊日別国魂神を祀っています。
詳しい由緒は不明ですが、「永享2年(1430)6月社殿再建、祭礼も再興する」と旧記にあります。八坂神社御神紋

向かって左社殿には「祇園八坂社」が鎮座し、速素佐之男<はやすさのお> 神、櫛稲田姫<くしなだひめ>神を祀っています。速素佐之男神は天照大御神の弟神で、八岐阜大蛇<やまたのおろち>を退治した神として有名です。

下正路の漁民が京都の八坂神社から御分霊を勧請したとされていますが、その年代は不明のままです。

また、向かって右社殿には「住吉社」が鎮座し、底筒男命<そこつつおのみこと>、中筒男命<なかつつおのみこと>、表筒男命<うわつつおのみこと>の三神と安曇磯良<あずみのいそら>を祀っています。
仁寿2年(852年)に、豊前大守藤原友長の祈願で、中津川流末の現社地に、境内を定めたことが知られています。

中津神社
上祇園の中津神社は、明治16年(1883)に中津城址の下段、松の御殿跡に鎮座し、新魚町の六所宮、片端町義氏社、御小屋(後藤又兵衛の屋敷跡)の稲荷社などの合社です。
大正7年(1918年)4月無格社より村社に昇格、昭和3年(1928年)11月17日村社より郷社に昇格しました。中津神社御神紋

現在の上祇園祭は、八坂神社の分霊とともに萱津町の大江神社から寄進されたものです。

なお、宝暦(1762年)に萱津の大江八幡宮の初卯神事が渡辺越後守の申し出により再興され、この時、京町が祇園囃子を寄進したのが、上祇園の始まりとされています。
明和5年(1768)ごろには、上六町が祇園車の奉納を始めたとされています。

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