船場町(後) 船場町(前)船場町はかつての花街で、昼夜問わず格子の奥から三味線の音が聞こえたといいます。

船場町の祇園車は、明治14年(1881)に建造された小ぶりな祇園車でした。
花街であるために男手が少なかったものの、花街らしい外題の出し物が多く、粋な浄瑠璃や歌舞伎を演じていたそうです。

昭和の初め、祇園車の損傷がひどく、売却することになりました。
町内の意見は、「もう車は出せない」という意見と「車を新調しよう」という意見に分かれましたが、結論は後にして、ひとまず祇園車を売却することになりました。
役員が何日も交渉した苦労の末、10円の上乗せに成功し、1,010円で福岡県田川市伊田の風冶八幡宮「川渡り神幸祭」の「番田町」に売却しました。

結局、祇園車は新調されないままとなりましたが、船場町の氏神である日光神社の修復や道路の舗装などにお金は使われたそうです。

一方、田川市伊田の番田町では、昭和50年代までは現役で活躍していたようですが、老朽化のために破棄されたようです。

川渡り神幸祭では、中津から伝わった「チキチンコンコン」の囃子を奏でる山笠もあり、「豊前囃子」と呼ばれているようです。
この囃子はかつての踊り山笠の名残とされており、番田町も「豊前囃子」を奏でています。